南九州の外城の町並み、麓の町並みの記録です。
飫肥





飫肥(おび)は飫肥藩伊東家5万1千石の城下町で、“九州の小京都”と呼ばれます。飫肥は江戸時代初期の城下町の旧態をよく留め、昭和52年、九州で最初の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。行政と住民が一体となった城下町飫肥のまちづくり(取組み)は、全国から視察に訪れるなど、高い評価を受けています。

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飫肥城大手門

飫肥は島津氏の領地でしたが、戦国時代、日向伊東氏が幾度となく飫肥に侵攻し、飫肥城を守る島津氏との間で80年に亘る攻防を繰り広げました。伊東氏は木崎原の戦い(1572年)で島津氏に敗れ、豊後に逃れますが、秀吉の九州平定の先導を務め、飫肥を取り戻します。伊東氏は秀吉没後も徳川家康により所領を安堵され、以後飫肥は飫肥藩伊東家の城下町として栄えます。
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大手門通り
大手門は昭和53年に復元。復元には日南市民による多額の募金も充てられました。
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大手門通り
通りの脇に観光客用の大きな駐車場とトイレが整備されています。青い暖簾の建物は藩の長倉を活用した店舗。飫肥名物おび天を楽しめる。

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旧伊東祐正家住宅(小村記念館内)
大手門通り。形の見事な石柱門が建っています。奥の建物は明治に建てられたが、江戸時代の武家屋敷の様式を良く残しているとのこと。小村記念館の敷地内に建つ。小村寿太郎は明治の外交官で日露戦争後のポーツマス条約調印の全権大使。
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豫章館(よしょうかん)
大手門通り。藩主伊東家の屋敷と庭園。入口の門は薬医門。飫肥城下で最も格式のある武家屋敷とされる。
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四半的射場
的まで四間半(8.2m)。飫肥伝統の「四半的」を有料で体験できる。体験(コト)も観光客を引き付ける重要な要素です。

飫肥城下は酒谷川に三方を囲まれ、正方形に近い地割りであり、飫肥城を中心に高台から上級・中級家臣の居住地区、町人地区、下級家臣の居住地区となっています。江戸時代初期の地割りをよく留めており、街路に面した石垣、生垣、屋敷門などの旧態が良好に保存されています。また、町人地区の本通りは白壁の商家が建ち並んでいます。

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武家屋敷通り(横馬場)
十文字地区。横馬場の両側に上級家臣の広い屋敷が建ち並ぶ。訪問時はGW。地元ボランティアによる人力車を無料体験させてもらいました。

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武家屋敷通り(横馬場通り)
修景事業により電柱移転・街路灯設置が行われました。右の屋敷は飫肥の山林王・服部家の旧宅。飫肥藩は植林を奨励し、飫肥杉を扱う豪商(山本猪平)も生まれます。江戸時代に植林された飫肥杉は明治になると船づくりに欠かせない用材として油津港から全国に出荷されました。
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旧伊東民部邸
屋敷門は上級家臣に相応しく、潜り戸と控え柱を備える立派な武家門です。
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旧伊東伝左衛門家
十文字地区。左上は横馬場通りに面する旧伊東伝左衛門家の石垣。建物は19世紀初頭の建築と推定。
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旧藩校振徳堂(しんとくどう)
十文字地区。高い石垣に囲まれた広い敷地内に長屋門と主屋が残っています。昭和51年改修。教授に安井滄洲・息軒父子を招き、小村寿太郎が学んだ。
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八幡通り(左上)
高台の十文字地区から下ると鳥居下地区。鳥居下交差点に大正建立の鹿銀記念館があります。高台の裁判所近くにかぎ型の街路(右上)が見られました。低い石垣と生垣の組合せは薩摩藩の麓と景観がよく似ています。
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大手地区
中級家臣の屋敷が並びます。中級家臣といっても高い石垣に囲まれた広い屋敷が建ち並ぶ。堅牢な石垣は飫肥石。
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大手地区、後町通り
水郷・飫肥を復活させるため、昭和57年、コイが水路に放流されました。左上は源氏塀。飫肥には源氏塀が比較的よく見られます。薩摩藩は知覧を除けば質素なものが多い。
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飫肥に残る洋館
左は旧飯田内科医院(大正13年建立)。右は旧植村医院(大正14年建立)。旧飯田医院は重伝建地区外にあり、保存活用が課題となっているようです。

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前鶴地区、前鶴通り
本町通り(商家が並ぶ通り)の南側は下級家臣が暮らす前鶴地区。幅広の通りに下級家臣の屋敷が並び、通りに沿って低い石垣・玉石垣・竹垣が見られます。藩医も屋敷をここに構えたと言われます。上の石垣は勝目氏庭園。奥に見える洋館の屋根は旧植村医院。
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前鶴地区

飫肥の取組み
九州の小京都・飫肥は年間20万人が訪れますが、観光客は飫肥城周辺の見学にとどまり、近くの本町商店街まで足を運んでくれないという長年の悩みがあったそうです。そこで2009年「飫肥城下町食べあるき・町あるき」事業という、通過型観光から滞在型観光への転換を図る取り組みを始めました。認知度の向上とともに本町商店街への来訪者が年々増え、新規店舗や空き店舗の解消にもつながったようです。武家屋敷地区では後継者不在などで空き家問題が顕在化し、空き家となった屋敷を滞在施設に再生するなど新たな取組みが行われています。

訪問日:2009年5月3日−4日
備 考:飫肥ロケ、寅さんシリーズ「第45作寅次郎の青春」(風吹ジュン、後藤久美子)1992年、NHK朝の連続テレビ小説「わかば」(原田夏希、田中裕子)2004〜2005年

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