鹿児島県と宮崎県に残る旧薩摩藩領内の外城と麓の町並み記録です。
根占





根占(ねじめ)は,大隅半島・佐多街道を大根占から南下した所にある町で,小根占とも呼ばれ,旧佐多町とともに現在の南大隅町を構成します。藩政時代の小根占郷は小規模ながら大郷とされ,鹿児島湾の入口にある重要な防衛拠点でした。根占麓は神川小学校や諏訪神社近くに麓の遺構が残ります。

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神川小学校前の馬場(2013年)

旧根占町は,中世に禰寝院南俣と呼ばれ,南北朝期は大隅の豪族・禰寝氏の本拠地でした。禰寝氏が戦国時代に島津氏の配下になり,文禄5年(1596)の太閤検地で薩摩半島・吉利に移封されると,島津氏の直轄領となり,地頭が置かれました。

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小学校前の馬場(川北地区)
現在の神山小学校が地頭仮屋跡。馬場に沿って石垣,生垣,石柱門が残ります。
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馬場に残る武家門(2008年)
腕木門。武家門が1棟残っていましたが,現在は見られません。

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麓(川北地区)の町並み
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麓(川北地区)の町並み
石垣と石柱門が見られます。八島太郎生誕地の碑が立っています。八島太郎は日本とアメリカで活動した画家・絵本作家で,明治41年小根占村川北生まれ。本名岩松惇。
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根占図書館の敷地(左)
根占図書館の前身は,全国で4番目,九州で1番目に誕生した根占書籍館。川北地区生まれの磯長得三翁が開設に尽力した。磯長得三は,辺田(へた)海岸に増築された台場の砲台責任者を任された。

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辺田海岸
対岸は薩摩半島で,三角錐の山は開聞岳。
根占_ 根占砲台跡
鹿児島湾を守るため沿岸に作られた台場の一つ。生麦事件後にイギリス艦隊の来攻に備え,拡張整備された。鹿児島湾沿岸に数十の台場が作られたが,辺田海岸に残る台場跡は当時の台場の原型をとどめる貴重な遺構。

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西郷南州翁宿所
下野後の西郷隆盛はたびたび根占に出かけ猟を楽しみました。明治10年,私学校生徒による弾薬庫襲撃の報を受けた西郷はここから急遽鹿児島へ戻りました。
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西郷南州翁宿所

川北地区から雄川対岸の川南地区に移動しました。

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諏訪神社(川南地区)
小根占郷の総社。旧称諏訪大明神。古くは上宮と下宮が境内に並び建っていた。鳥居が二つ並列している全国でも珍しい神社です。

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麓(川南地区)の町並み
諏訪神社前の通りに沿って石柱門や石垣が見られます。

訪 問:2013年2月15日(一部2008.1,2016.9)
備 考:南蛮係留の大クス/雄川の滝/根占温泉ネッピー館
参 考:南大隅町ホームページなど

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